日本の食パンの多くはヨーロッパでは菓子パンの扱いになる。

秋山さんが初めて・・・

日本初の宇宙飛行士って誰だかご存じですか?私の記憶するところでは、秋山さんが日本初の宇宙飛行士だったと記憶しています。秋山さんは、フルネームが秋山豊寛さん、もとTBSの社員でしたね。1990年の12月に、ソユーズに搭乗し宇宙へと出発します。当時ソ連だったロシアの宇宙船に乗ったわけですが、アメリカではなく、ロシアだったなあという記憶も強く残っています。

毛利衛さんも日本人宇宙飛行士ですが、人々の記憶の中には、毛利さんが日本初の宇宙飛行士だと記憶している人も多いようです。なぜ、そのような誤解が起こったかというと、本来は毛利さんが日本人発の宇宙飛行士として、アメリカの飛行士達と、宇宙へと旅立つ予定でしたが、チャレンジャーの爆発事故で、毛利さんの搭乗予定の宇宙ロケット発射が延期されてしまったのです。スペースシャトルにはじめてのった日本人、という定義では、毛利さんが該当しますが、日本人で初めて宇宙に行った、ということになると秋山さんが初めてということになります。

毛利さんの予定をおくらせることになった、チャレンジャーですが、今でも記憶に鮮明に残っています。農業法人設立この映像は世界に流れましたので、おそらく世界中の人々が衝撃に襲われたのではないでしょうか。発射して数秒後、空中で爆発し、機体が分かれて落ちていく瞬間、煙がYの字になったまま、空中に消えていった映像は、脳裏にこびりついて離れません。宇宙への発射にわくわくしながらみていた、当時子供だった私も、あまりの衝撃で言葉を失ってしまったことを今でもはっきりと覚えています。

テレビに釘付けに・・・

そのあと毛利さんが搭乗したエンデバーは見事成功しましたが、発射して宇宙ステーションにたどり着くまで、生きた心地がしませんでした。どうか、無事に帰ってきますように、と祈りながら多くの人がテレビにかじりついていたのはないでしょうか。毛利さんからの宇宙レポートも、大変興味深く多くの人がテレビに釘付けになっていました。

そして、宇宙からおかえりなさいも、日本中の人々をほっとさせました。大気圏に突入するときはものすごい衝撃があるのではないかと想像しながら、多くの人がテレビの解説者の話をきいていたことでしょう。その後女性宇宙飛行士も搭乗し、今や日本人の宇宙体験者は8名にものぼっています。これからも宇宙飛行士は増えるでしょうし、未来の宇宙飛行士となる子供達に大きな夢を与えてくれるでしょう。